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 津久井湖を北から南に撮影いたしました。
 津久井湖の南にそびえる独立峰は、宝が峰(375m)と呼ばれ、津久井城址です。「呂」の字型の城郭や放射状に掘られた空堀、宝ヶ池やお屋敷、家臣団屋敷などの地名が残る、典型的な根小屋式の山城です。
 その築城は、鎌倉時代三浦党の津久井氏と言われています。
 戦国時代は北条の将であった内藤影定の居城となり、城主影豊の時(永禄12年1569年)には眼下に見下ろす三増峠を中心に、北条・武田の両軍による大山岳戦が展開されました。
 天正18年(1590年)秀吉の小田原攻めの際、城主影豊は、津久井衆を引きいて小田原城の渋取口を固めて居りましたが、その不在中に徳川の武将である平岩親吉、本田忠勝ら1万1千人の軍勢に攻められて落城いたしました。
 山頂には、徳川幕府需官大学頭林衡の文をはじめ、当代随一と言われた国学者源弘賢の書と伝えられる「築井城古記」の碑があります。




 横浜水道青山貯水池です。日本近代水道発祥の地です。
 道志の水は、ここから横浜まで送られています。




 津久井湖の北側の高台にある発電用の人工湖です。
 その更に北に、八王子の市街が一望できます。



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